2013年11月11日月曜日

自分のことは、自分が一番わかっているの?



このツイートの内容。わかるような気がする。
でも、「根底にあるより本心に近い想い」を認識できるようになるには、それなりの修練が必要なんだよなぁ。

「自分のことは、自分が一番分かっている」というのは、なかなか難しい。

「自分も、他人も、案外自分のことはわかっていない」だから、お互いに相手のことを手探りでわかっていく過程を踏んでいく。
そういう作業を惜しまないところから始めることも大切じゃないかと。


とはいえ、

診療の場面では、「貴方自身の本心は、よくわからないんだけれど、それ以前に明らかに精神疾患だと判断できる状態があるので、治療を積極的に勧めざるをえない」という判断を下す場面は少なからずある。
ここは、一般的な話とは区別して欲しい。

評価と印象の間に……



このツイートに対して、こういったリプライがありました。
(ただ、この手の宛先が複数アカウントのリプライ。私の場合、非公式RTと同等の認識なので、通常は、ほとんど反応しません。あしからず)

さてと、私としては、「評価尺度では「変化なし」」となった状況は、なんとなく理解できます。
評価尺度に「表情の評価」の項目が無ければ、その尺度での評価が変わらないのは当たり前。
もちろん、患者さんの表情が変わってきたこと、看護の人が変化したように認識していることも、否定しません。
どんな評価尺度を使っているかによりますけどね。
音楽療法による評価をするのであれば、その効果がわかりやすくて、なおかつ、客観的な評価に耐えられる評価尺度を使って話をしなければいけないだけの話。

私の最初のツイートの例。
家族には、「アルツハイマーを考える可能性があるかも……」と説明しますが、家族から「アルツハイマー型認知症と診断書を書いてください」と依頼があれば、「現時点では、診断基準上は認知症とはいえないので、そういった書類は書けません」と説明します。

それは、それ。これは、これ。

客観的な評価と、臨床経験に基づく主観的な印象。そのバランスを取りながら、誰に対しても納得しやすいところに落とし所をつける。
それが、大切だと思っています。







2013年11月7日木曜日

あぁ、びっくりした


TL上で、このツイートを見かけた。
こりゃ、面白いわ。そう思って、こんなツイートをしてみた。
やたらと、RTとかされて、予想以上の反応に驚いていたら、こんな形でRTされた。

……、まさか、糸井重里さんに拾われるとは……

今日は公式WEBでの「みんなの反応」のところが、すごいことに……

びっくりした。




「説明し納得してもらう」力について


いつものヤンデル先生のツイート

これは、「医者の仕事」以外にも適応・応用できる話だよね。むしろ、教育的な意味合いが大きいような気がする。

一人の人間が、相手を説得する能力を身につけていくために、身近な人間がどういった接し方をしていくか。
という問題。




匂いで、患者さんの評価をする話

特に、保護室を使った治療をしている時に、気になるんだよね。



2013年11月6日水曜日

本人は下衆と言ってるけどね……


世間を騒がせている偽装表示の問題。
TwitterでのTLの流れにつられて、モニョモニョとなんとも言えない気持ちになってた。
それを解消するために、自分もツイートしていたのだが、
このツイート見て、ハッと気付かされるものがあって、反省。

同時に、何となく気持ちもスッキリしていた。

このエリック氏の感覚って、いつもながら感心させられます。さすがです。

ありがとうございました。




2013年11月5日火曜日

ちょっとした妄想着想




この流れを見て、
ツイキャスで、壇蜜と対談するヤンデル先生を思い浮かべるという妄想着想(やや、誤用)