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2012年8月24日金曜日

2012年5月31日木曜日

2012年5月26日土曜日

連続ツイート 「いいお医者さん」と「武術の練習」と「認知行動療法」


そのものは正しいんだけれど、使われ方、認識のされ方に問題があるフレーズって有るよね。一番に思いつくのは、「お客様は神様です」ってやつ。それと、もうひとつは、「お医者さんは、患者さんが治るのを手助けするのが仕事なんだ」というやつ。当然、今回は、後者のフレーズから思いついたこと。


「お医者さんは……」っていうのは、とても便利に利用されている言葉のような気がする。あれは、実は”患者さん自身が頑張りなさいよ”っていう内容のはずなんだけれど…… そのフレーズが使われるドラマや映画を見ていると、”それを実現してくれる「いい」お医者さん”を規定するフレーズになってる


特に外来での診察をしていると感じることがあるけど、治療に対する期待が高すぎる患者さんがいる。そういう人の対応をしている時には、何となくエステシャンとか、カリスマ美容師とかのスタンスに近い対応をしないといけないんじゃないかなぁと思うことも、しばしば。


お客さんとしてやってきた人の期待に沿うべく、技術を最大限に発揮することを要求されている。その一方で、お客さんの方は、主に受け身で技術を施されている。そして、結果のみで満足する。その経過は、あまり評価の対象にならない。


そういう美容室やエステを受けるような姿勢の人に対して、技術を提供する側が「自分で綺麗になる努力を手助けをしている」といるのかというと、ちょっと違和感があるんだよね。大きな意味では、お客さんの方も努力をしているんだろうけれど。


で、外来での治療、特に「認知行動療法っぽい」ことをやっていると、無意識の内に違うスタンスで、患者さんと向かい合っていることを意識せざるをえないんだよね。それは、言うなれば、空手とか、柔道みたいな武術の道場で、入門してきたお弟子さんに、稽古をつけているようなスタンス。


最初のうちは、何も分からなくて当然なので、ある程度手取り足取り、上達の仕方を教えてあげる。身体の動かし方が、徐々に身についてきたら、それの反復するように指導する。あくまでも、お弟子さんが、自分で練習することが大切。手取り足取りの指導が何時までも続く、武道の指導ってありえない。


お弟子さんは、自分が反復練習した成果を、時々師匠のところにやってきて披露する。一発で身につけることなんてできないので、その度に師匠は体の動きをチェックして、修正してあげる。お弟子さんは、その指導を元に、また練習を始める。


師匠がいないところで練習する弟子と、道場に顔を出した時にしか身体を動かさない弟子。どちらの弟子が成長するかは、言わずもがな。 後者は、自分で練習もしないのに、あの師匠は指導が下手だとか、間違っているとか、文句は言いそうだけどww


こういう話をしていると、スラムダンクの「バスケの国アメリカ。その空気を吸うだけで……」を思い出しちゃうんだよなぁ。




もう少し「認知行動療法っぽいこと」について話をすると、武術の指導なんだから、この時には、結構濃密な密度の治療が必要になるんじゃないかなぁ。だから、マニュアルを見せただけの通り一遍の説明とかじゃぁ、身につけようがないような気がする。




説明をする時に、理解の程度や治療への取り組み方をみたり、説明に変化をもたせたり、いろいろな工夫が必要になるはずなんだと思う。そうしないと、認知行動療法っていうのは、本当に形骸化したものになってしまう。むしろ、よくできた自己啓発本あたりを読んでもらったほうが効果がありそうw


最近、様々な形で認知行動療法への誘導があるけれど、そんなに簡単なものじゃないはずなんだけどね。何か、「うつ病は、心の風邪です」キャンペーンに似たような道をたどりそうで嫌だなぁなんて思ったりして。


裏アカウントでの連続ツイート
やや乱暴なところもあるので、もう少し手を加える必要があるなぁ。

2012年5月24日木曜日

注意喚起は、不安喚起

とある疾患の専門医を名乗る医師が、不安を煽るようなツイートをしているのをみかけた。

正直、感心しないなぁ。

自分も、同じ轍を踏まないようにしないと。

注意喚起というのは、不安喚起でもあるし。

それの最もたるものの一つが「うつ病」であるわけで。

インフォームドコンセントの際に、誘発された不安の処理も、注意を払うことが大切なんだろうな。
でも、これが、なかなかに上手くいかない。

外来で、「じゃあ、○○の薬を出しておきますから」と説明した直後に、「その薬は、副作用はありますか?」と聞かれる。

ここからの説明を色々と工夫しているつもりなんだけれど、どう考えても、マイナスの効果になっているような気がしてならない。

やれやれ感が、半端じゃない。

2012年5月23日水曜日

呟ききれないこと: 問診票は患者さんを表すのか?

呟ききれないこと: 問診票は患者さんを表すのか?

最後に書いた話を、もう少し突っ込んでいくと、DSMなどの操作的診断基準の話に展開できる。
それは、また別の機会にw

2012年5月16日水曜日

木村文乃 象印のCMの人

そういえば、象印のステンレスボトルのCMにでている女性って、docomoのスマートフォンのCMの人だったんだよな。最近、気がついたよ。

木村文乃さん、っていうんだな。










2012年5月15日火曜日

患者さんの飲酒について


患者さんの飲酒に関しては、わりと厳しく注意している。
でも、わりと高確率で、「前の○○先生は、少しくらいならいいと言ってくれた」とか、「そんなことを言う先生は、あなたが初めてです」なんて言われるんだよなぁ。
あぁ、あと「先生は、お酒は飲まないんですか?」という質問返しとか。

飲酒に対して注意したら、反撃(?)してくる患者さんに対しては、「あなたが、薬を必要とする患者さんでなければ、お酒を飲んだりするのは自由なんですよ。」みたいな返答をすることもあるけれど…… 自分でも、悪手だという自覚はあります。 orz

2012年5月14日月曜日

「ちゅう房」って、気になりません?

ちゅう房付近が激しく燃える NHKニュース


事件自体には、そんなに感心がない。ただ、「ちゅう房」という表記は何なんだろうな…… 
日本語の能力って、大事なはずだと思っているんだけど。

初診時の問診票の記入。
患者さん自身が用意したメモ。
時には、患者さんに書くようにしてもらった日記。
そういったものから、垣間見える「国語力」からも、色々と考えることがあるんだよなぁ。

2012年5月13日日曜日

ろう者が筆談をお願いした時の反応に関するまとめ - Togetter

ろう者が筆談をお願いした時の反応に関するまとめ - Togetter

最近、twitterを見てても、何かしんどくなることも多いし、どうしようかなぁ…… なんて思うこともあるんだけれど、

こういった、勉強になるtogetterが出てくることがあるから、正直困るwww

ウケ狙いは、しないほうがいいかなぁ



ウケを狙わなかったと言えば、嘘になるけれど……

「連合弛緩」というのは、半分正解で、半分間違い。

統合失調症の「妄想着想」のほうが、それっぽくなったかなぁ?

2012年5月11日金曜日

聞く側の問題について


さてと、今日の昼間につぶやいた内容について、もう少し考えてみることにしようと思う。 https://twitter.com/#!/psykoma/status/200832734673903616

最初に「病状の説明」というフレーズを使ったこともあるから、伝わらないのは「説明の内容」の問題と解釈するようなレスポンスがちらほらと。これは、自分のつぶやきの持って行き方もまずかったかな。

確かに、医師の説明が「わかりにくくなり易い」のは確か。だから、医師が「わかりやすい説明」を意識することは大切。

じゃあ、話を聞く方に”全く問題がない”のか、というと、自分にはそうは思えないんだよね。

例えば、学校の授業だって、先生の話を聞いて理解できている生徒と、できていない生徒がいるでしょう。それを、「先生の教え方が悪いから」ダメなんだ、という結論にはしないよね。

生徒の方にも、予習をしているのか、復習をしているのか、ノートをとっているのか、そもそも、先生の話をきちんと聞いているのか。なんて、色々な要素は考えられる。

患者さんの説明に対しても、学校の授業と同じことが言えるんじゃないだろうか? じゃあ、”お医者さんの話の聞き方”というのを、誰が指導してくれるのだろうか? それも、医者側の責任のある業務なの?とか、考えてしまうんだよね。

そもそも、”お医者さんの話の聞き方"ではなくて、”大事な話をする時の、相手の話の聞き方”という問題じゃないだろうかと。じゃあ、それって、どの段階で、どうやって身につけるものなのかしらん。

それと、”わかりやすい説明”を求める気持ちは、よく理解できるし、あたり前のことだと思う。でも、わかりやすい説明にも、落とし穴があるのも確かなんだよね。 このつぶやきで、それに触れたつもり。 https://twitter.com/#!/psykoma/status/200843352076328960 https://twitter.com/#!/psykoma/status/200844462749007873