2012年5月26日土曜日

連続ツイート 「いいお医者さん」と「武術の練習」と「認知行動療法」


そのものは正しいんだけれど、使われ方、認識のされ方に問題があるフレーズって有るよね。一番に思いつくのは、「お客様は神様です」ってやつ。それと、もうひとつは、「お医者さんは、患者さんが治るのを手助けするのが仕事なんだ」というやつ。当然、今回は、後者のフレーズから思いついたこと。


「お医者さんは……」っていうのは、とても便利に利用されている言葉のような気がする。あれは、実は”患者さん自身が頑張りなさいよ”っていう内容のはずなんだけれど…… そのフレーズが使われるドラマや映画を見ていると、”それを実現してくれる「いい」お医者さん”を規定するフレーズになってる


特に外来での診察をしていると感じることがあるけど、治療に対する期待が高すぎる患者さんがいる。そういう人の対応をしている時には、何となくエステシャンとか、カリスマ美容師とかのスタンスに近い対応をしないといけないんじゃないかなぁと思うことも、しばしば。


お客さんとしてやってきた人の期待に沿うべく、技術を最大限に発揮することを要求されている。その一方で、お客さんの方は、主に受け身で技術を施されている。そして、結果のみで満足する。その経過は、あまり評価の対象にならない。


そういう美容室やエステを受けるような姿勢の人に対して、技術を提供する側が「自分で綺麗になる努力を手助けをしている」といるのかというと、ちょっと違和感があるんだよね。大きな意味では、お客さんの方も努力をしているんだろうけれど。


で、外来での治療、特に「認知行動療法っぽい」ことをやっていると、無意識の内に違うスタンスで、患者さんと向かい合っていることを意識せざるをえないんだよね。それは、言うなれば、空手とか、柔道みたいな武術の道場で、入門してきたお弟子さんに、稽古をつけているようなスタンス。


最初のうちは、何も分からなくて当然なので、ある程度手取り足取り、上達の仕方を教えてあげる。身体の動かし方が、徐々に身についてきたら、それの反復するように指導する。あくまでも、お弟子さんが、自分で練習することが大切。手取り足取りの指導が何時までも続く、武道の指導ってありえない。


お弟子さんは、自分が反復練習した成果を、時々師匠のところにやってきて披露する。一発で身につけることなんてできないので、その度に師匠は体の動きをチェックして、修正してあげる。お弟子さんは、その指導を元に、また練習を始める。


師匠がいないところで練習する弟子と、道場に顔を出した時にしか身体を動かさない弟子。どちらの弟子が成長するかは、言わずもがな。 後者は、自分で練習もしないのに、あの師匠は指導が下手だとか、間違っているとか、文句は言いそうだけどww


こういう話をしていると、スラムダンクの「バスケの国アメリカ。その空気を吸うだけで……」を思い出しちゃうんだよなぁ。




もう少し「認知行動療法っぽいこと」について話をすると、武術の指導なんだから、この時には、結構濃密な密度の治療が必要になるんじゃないかなぁ。だから、マニュアルを見せただけの通り一遍の説明とかじゃぁ、身につけようがないような気がする。




説明をする時に、理解の程度や治療への取り組み方をみたり、説明に変化をもたせたり、いろいろな工夫が必要になるはずなんだと思う。そうしないと、認知行動療法っていうのは、本当に形骸化したものになってしまう。むしろ、よくできた自己啓発本あたりを読んでもらったほうが効果がありそうw


最近、様々な形で認知行動療法への誘導があるけれど、そんなに簡単なものじゃないはずなんだけどね。何か、「うつ病は、心の風邪です」キャンペーンに似たような道をたどりそうで嫌だなぁなんて思ったりして。


裏アカウントでの連続ツイート
やや乱暴なところもあるので、もう少し手を加える必要があるなぁ。