2012年5月31日木曜日

呟ききれないこと: 治療は、「約束」でもあるんだよなぁ

呟ききれないこと: 治療は、「約束」でもあるんだよなぁ

「がっかり療法」を誤解してる可能性も……

まぁ、治療の中で「待つ」っていうのは、難しいということでw

呟ききれないこと: 一人では受診させないで欲しい……

呟ききれないこと: 一人では受診させないで欲しい……

最初のつかみのネタ。
どう考えても、ツイッターでのつぶやきのままのほうが、面白かったような気がする。

2012年5月30日水曜日

「陽性症状」について話すつもりだったw


さてと、統合失調症の症状について分類をする時に、「陽性症状」と「陰性症状」に分類して、説明することがある。この分類のしかたを、好まない人もいるけれど、わりとよく使われる表現であったりする。


統合失調症で、一般的にイメージされやすい症状。例えば、幻覚とか、妄想というのは、「陽性症状」に分類される。感情鈍麻とか、平板化した思考とか、意欲の低下なんかは、「陰性症状」に分類される。


で、陽性症状の説明で、”健常者には見られない精神状態が発現する『陽性症状』”みたいな表現が使われることがある。間違ってはないとおもうけど、ちょっと違和感があるんだよね。 (引用元は、右のリンク先。http://bit.ly/KrQOxA )


むしろ、「陽性症状」っていうのは、正常な人の精神機能が過剰に亢進している状態と解釈したほうがいいと思うんだけどね。


このあたりは、Twitterを見ていると、すごくわかりやすいんじゃないかと思う。


TwitterのTLをみていると、あくまでもプロフィール上ではあるけれど、いわゆる知的レベルが高いとされれている職業の人のつぶやきでも面白いものがみられる。ニュースになるような話題に対して、わりと事実に基づいた確認のツイートで、最初は始まる


しかし、つぶやきが進むにつれて、微妙に論調がおかしくなってくる人がいる。ニュースソースに書かれていないような内容が、どこからか持ち出されてきて、関連付け、断定された内容が混じってくる。しかも、それが明らかな事実のように。


こういった妙な関連付けられたつぶやきって、時々、理解不能で驚いてしまうことがある。理解不能というのは、プロフに書かれてある内容から想定される人物像からは、想定しにくいような展開になっているという意味で。


でも、つぶやいている当人は、おそらく、真面目に考えていたり、ある種の意図に沿って考えたりした内容をつぶやいているんだと思う。でも、それが行き過ぎると、本当に理解不能に見えてくる。時には、統合失調症の患者さんが話す妄想的な内容のほうが、思考を追いかけ易い時もある。


あぁ、話を展開する順番を間違えたので、まとめ難くなってしまったなwww


統合失調症の患者さんの妄想というのは、まったく理解できないものだと思われがち。でも、患者さんの人となり?のようなものを頭に入れて、その話を聞いていると、まったく突拍子のない話ではないことも多いんだよね。その人の生活の背景や、症状の程度を考えると、納得できることもしばしば。


特に医療者の人に言いたいんだけれど、統合失調症の患者さんの妄想を、まったく理解できないものと決めつけないほうがいいと思う。あくまでも、過剰な思考の延長であることを意識して、話を聞くことをおすすめする。絶対に理解できるわけではないけれど、もしかしたら、何か見えてくるかもしれない。


そのあたりの感覚で、Twitterを見てみても、面白いかもね。そこから、匿名だけれど、そのアカウントの人となりのようなものが、見えてくるかもしれない。


話の展開を間違えたので、思わぬところに着地してしまった……

2012年5月26日土曜日

連続ツイート 「いいお医者さん」と「武術の練習」と「認知行動療法」


そのものは正しいんだけれど、使われ方、認識のされ方に問題があるフレーズって有るよね。一番に思いつくのは、「お客様は神様です」ってやつ。それと、もうひとつは、「お医者さんは、患者さんが治るのを手助けするのが仕事なんだ」というやつ。当然、今回は、後者のフレーズから思いついたこと。


「お医者さんは……」っていうのは、とても便利に利用されている言葉のような気がする。あれは、実は”患者さん自身が頑張りなさいよ”っていう内容のはずなんだけれど…… そのフレーズが使われるドラマや映画を見ていると、”それを実現してくれる「いい」お医者さん”を規定するフレーズになってる


特に外来での診察をしていると感じることがあるけど、治療に対する期待が高すぎる患者さんがいる。そういう人の対応をしている時には、何となくエステシャンとか、カリスマ美容師とかのスタンスに近い対応をしないといけないんじゃないかなぁと思うことも、しばしば。


お客さんとしてやってきた人の期待に沿うべく、技術を最大限に発揮することを要求されている。その一方で、お客さんの方は、主に受け身で技術を施されている。そして、結果のみで満足する。その経過は、あまり評価の対象にならない。


そういう美容室やエステを受けるような姿勢の人に対して、技術を提供する側が「自分で綺麗になる努力を手助けをしている」といるのかというと、ちょっと違和感があるんだよね。大きな意味では、お客さんの方も努力をしているんだろうけれど。


で、外来での治療、特に「認知行動療法っぽい」ことをやっていると、無意識の内に違うスタンスで、患者さんと向かい合っていることを意識せざるをえないんだよね。それは、言うなれば、空手とか、柔道みたいな武術の道場で、入門してきたお弟子さんに、稽古をつけているようなスタンス。


最初のうちは、何も分からなくて当然なので、ある程度手取り足取り、上達の仕方を教えてあげる。身体の動かし方が、徐々に身についてきたら、それの反復するように指導する。あくまでも、お弟子さんが、自分で練習することが大切。手取り足取りの指導が何時までも続く、武道の指導ってありえない。


お弟子さんは、自分が反復練習した成果を、時々師匠のところにやってきて披露する。一発で身につけることなんてできないので、その度に師匠は体の動きをチェックして、修正してあげる。お弟子さんは、その指導を元に、また練習を始める。


師匠がいないところで練習する弟子と、道場に顔を出した時にしか身体を動かさない弟子。どちらの弟子が成長するかは、言わずもがな。 後者は、自分で練習もしないのに、あの師匠は指導が下手だとか、間違っているとか、文句は言いそうだけどww


こういう話をしていると、スラムダンクの「バスケの国アメリカ。その空気を吸うだけで……」を思い出しちゃうんだよなぁ。




もう少し「認知行動療法っぽいこと」について話をすると、武術の指導なんだから、この時には、結構濃密な密度の治療が必要になるんじゃないかなぁ。だから、マニュアルを見せただけの通り一遍の説明とかじゃぁ、身につけようがないような気がする。




説明をする時に、理解の程度や治療への取り組み方をみたり、説明に変化をもたせたり、いろいろな工夫が必要になるはずなんだと思う。そうしないと、認知行動療法っていうのは、本当に形骸化したものになってしまう。むしろ、よくできた自己啓発本あたりを読んでもらったほうが効果がありそうw


最近、様々な形で認知行動療法への誘導があるけれど、そんなに簡単なものじゃないはずなんだけどね。何か、「うつ病は、心の風邪です」キャンペーンに似たような道をたどりそうで嫌だなぁなんて思ったりして。


裏アカウントでの連続ツイート
やや乱暴なところもあるので、もう少し手を加える必要があるなぁ。

2012年5月24日木曜日

注意喚起は、不安喚起

とある疾患の専門医を名乗る医師が、不安を煽るようなツイートをしているのをみかけた。

正直、感心しないなぁ。

自分も、同じ轍を踏まないようにしないと。

注意喚起というのは、不安喚起でもあるし。

それの最もたるものの一つが「うつ病」であるわけで。

インフォームドコンセントの際に、誘発された不安の処理も、注意を払うことが大切なんだろうな。
でも、これが、なかなかに上手くいかない。

外来で、「じゃあ、○○の薬を出しておきますから」と説明した直後に、「その薬は、副作用はありますか?」と聞かれる。

ここからの説明を色々と工夫しているつもりなんだけれど、どう考えても、マイナスの効果になっているような気がしてならない。

やれやれ感が、半端じゃない。

2012年5月23日水曜日

呟ききれないこと: 問診票は患者さんを表すのか?

呟ききれないこと: 問診票は患者さんを表すのか?

最後に書いた話を、もう少し突っ込んでいくと、DSMなどの操作的診断基準の話に展開できる。
それは、また別の機会にw

初診の患者さんで気をつけるポイント


初診の患者さんで、性格傾向とか、(その時点での)心の状態とかを推し量るために、気をつけているポイントはいくつかある。
その中の一つに、挨拶の後の「今日受診されたのは、どうしてですか?」という質問を投げかけた時の反応には、わりと注意をしている。

予診や問診票での回答を、そのまま繰り返す人って、むしろ少数派。
予診の主訴とは、違う内容を喋り出す人。
「さっき、答えました!」と怒っちゃう人(書き忘れたけれど「改めておうかがいします」と一言付け加えてます)などなど。
そういった反応が、その後の外来の流れを決めることも。